2021年2月、「ダイバー図鑑」のインタビューに答えてくださったAceさんから連絡をいただきました。「沈没船エモンズの水中マップを作成している」と。そのマップが、2021年4月28日ついに完成しました!まずはじめに、Aceさん、またこの一大プロジェクトにご尽力された皆様、本当におつかれさまでした!

「沈没船エモンズ USS Emmons」水中マップ

沈没船エモンズの水中マッププロジェクトはこうして始まった

OWを取ったばかりのAceさんが、どこで潜ろうかと情報収集している時に行き着いた最初の目標が「エモンズ」でした。

エモンズとは沖縄本島北部の古宇利島の海底40m付近にある沈没船です。深さに加えて流れも早く、上級者向けのポイントであるため「AOWかつ経験本数100本以上」を参加目安とされているダイビングショップもあるほど。さらには、沈没船内部でのダイビング(ペネトレーション)を行うためにはテックダイビングの領域に踏み込む必要が出てきます。沈没船には危険物が残留していたり、危険生物が棲み着いていたりするため、中性浮力スキルはもちろん、かなりシビアな技術レベルを要求されるのです。

3年前の夏、満を持して初めてエモンズに潜ってから突き動かされるように潜り続けたAceさん。エモンズだけでなく日本陸軍機がそばに沈んでいると知ってからは「陸軍大尉航空隊教育中隊長だった祖父が乗ったことがあるかもしれない」と思い入れがさらに強くなり、「もっと知ってもらえるように」とポイントマップを作ることにしました。

魚礁としての沈没船、遺跡としての沈没船

沈没船と聞くと、最初に思い浮かぶのはなんですか?ダイバーであれば「景観を楽しむダイビング」「ソフトコーラルや魚影の濃さが魅力のダイビングポイント」と目玉スポットのように感じることが多いかもしれません。

このブログはビギナーダイバー向けなので、そもそもの説明をしたいと思います。

沈没船には大きく二種類あります。ひとつは観光要素を生み出すために「人為的に沈められた沈没船」。与論島の沈船あまみ、白浜や土肥の沈船などがそれにあたります。それからもうひとつがエモンズのように「大戦や災害などによって沈んでしまった本当の沈没船」です。

しかし、さらに違った分類もできます。それは、ソフトコーラルや魚を目的とした魚礁としての沈没船と、歴史を紐解く海底遺跡としての沈没船です。エモンズは朽ち果てた船としての造形美も魅力ではありますが、まだまだわかっていないことも多く、後者の色合いが強いかもしれません。

エモンズは元々はアメリカ海軍の駆逐艦、いわゆる魚雷を積んだ高速船でした。それが1944年、魚雷を撃つ船から、機雷を撤去するための掃海駆逐艦に生まれ変わりました。

しかし、1年経たないうちに日本軍特攻隊の大規模攻撃を受けて航行能力を失い、日本に渡ることを防ぐために海没処分とされました。この海で、60名ものエモンズ乗組員と特攻隊員が命を落とし、今も静かに眠っています。

Aceさんの水中マップは90回に及ぶダイビングで撮影した大量の動画や写真をもとに図に起こしたものです。その撮影の際には、船の中で人々が生きていたことを生々しく伝える光景が数多くありました。

こうした景色を目の当たりにすると、そこに確かに生きていた人たちがいたということの物哀しさを感じさせられます。彼らは何を想って生き、どんなことで笑い、泣いていたのか。最期は誰を想って、どんな言葉を残したのか。

沈没船は船の死とそこに息づく魚などの生という相反するものが同居する稀有な存在ですが、現在の姿と同時に歴史的な背景に想いを馳せることも大切なことだと感じます。

敵対したふたつの軍の最期が同居する場所

エモンズは特攻隊の攻撃によって航行不可能になりましたが、その特攻機の一機はエモンズとともに流されて沈み、いまもエモンズのすぐそばに残骸が横たわっています。

アメリカと日本。当時は敵対していたふたつの国でした。でも、戦争は国同士のものであって、敵対した相手も私たちと同じように意志を持ち、家族があり、感情を持つ「人」です。時代が違えば、一緒にダイビングする友人にだってなれたのかもしれません。

そうした現実を後世に伝えていく意味でも、エモンズと特攻機が眠るこのダイビングポイントは貴重な海底遺跡です。

いつかは風化し、見ることができなくなってしまう

魚礁としての沈没船は風化して朽ちてしまっても再び何かを沈めれば済むのですが、こうした遺跡は再現できるわけではありません。しかし、時間の経過とともにエモンズも母なる海に還ろうとしています。

その姿を見られる時間には限りがあります。できるだけ多くの人たちがこの遺跡を見られるように、船を傷つけたり、危険なダイビングをしないように注意しなくてはいけませんね。

潜られる際にはぜひ、エモンズの全体像がわかる水中マップを参考にしてみましょう。

ちなみに、「この水中マップはここで終わりではない」とAceさん。現在、エモンズ生存者の手記を元にさらなる調査を進めているそうです。新たな発見があったら、マップも随時アップデートされるそうなのでお楽しみに。

「沈没船エモンズ USS Emmons」水中マップ